24年シーズンのキーパーソン 第2回《古門大典トレーナー》

黒崎播磨陸上競技部が23年度、過去最高の戦績を残せた理由の1つに“故障が少ないチーム”になったことが挙げられる。それが実現できているのは選手個々の意識の高さやチームの伝統、澁谷明憲監督たちスタッフのアドバイス、そして24年キーパーソンの1人として紹介する古門大典トレーナーの存在がある。
チームを縁の下から支える立場で、あまり表に出ることはない。しかし専属トレーナーとなって5年が経った古門氏の働きが、選手たちが安心してトレーニングに集中できる環境作りに少なからず寄与している。

●マラソンの10日後にはポイント練習再開

3月上旬。今年(2024年)の大阪マラソン10日後に、土井大輔ら同マラソンに出場した選手たちが早くもポイント練習(週に2、3回行う負荷の大きい練習)を始めていた。正確なデータがあるわけではないが、マラソン後に2~3週間休むチームが多い。精神的な回復の意図も含め、1カ月以上休養期間に充てる選手もいる。
細谷恭平は昨年10月15日のMGC(マラソン・グランドチャンピオンシップ。パリ五輪代表3枠のうち2人が決定)を完走しなかったこともあり(28km付近で転倒)、11月3日の九州実業団駅伝5区(13.0km)、12月3日の福岡国際マラソン、元旦のニューイヤー駅伝最長区間の2区(21.9km)、3月3日の東京マラソンとハードスケジュールをこなした。
早く練習を再開するに越したことはないが、レース後のダメージが回復しないうちに追い込み、疲れが蓄積したりケガにつながったら意味がない。最終判断は選手自身の責任だが、古門トレーナーが選手たちの体の状態を見て、ポイント練習を再開して問題ないことを確認している。
「そもそもマラソンを走らない方がいい、という体の状態の選手がいなかった、という前提があります」と古門トレーナー。マラソンを走るまでの過程が、黒崎播磨はしっかりしているということだろう。
「土井は大阪マラソンの3日後くらいから、『ジョグを始めます』と言っていましたし、体を触った感じも疲労困憊と言うほどではありませんでした。細谷や土井はダメージの出方が、年々少なくなってきています。身体的に危ないことがあればスタッフと共有して、走り始めるタイミングは考えますが、それがなければ動かして行った方が身体的にはほぐれるというか、整っていきます。2人が何回もマラソンを経験し、実績も残していています。2人のマラソン後の練習の立ち上げ方を、最近の選手も参考にしているわけです。そういった文化のようなものが、黒崎播磨には確立されています」
走り始めるときに問題があれば、古門トレーナーが警鐘を鳴らしてくれる。選手の立場からすると古門トレーナーがいるから、安心して次の目標に向かっていち早く準備を始めることができるのだ。

●継続的なサポートをしているからできること

トレーナーの意見を選手に伝えるとき、直接話すケースも多いが、他のチームスタッフと相談したり、澁谷監督の意向に沿って言葉を選んだりすることもある。トレーナーもチームスタッフの一員ということから、逸脱しないことが選手のサポートには重要なのだ。
それができるのも古門氏が専属トレーナーで、年間を通して継続的に黒崎播磨の選手の体を触り、走りも見続け、他のスタッフの考えも理解しているからだろう。
「選手の練習への理解度が高いのだと思います。澁谷監督の考える練習と試合の流れから外れては、重要な試合に合わせられなくなってしまうことがわかっています。私も5シーズンやらせていただいて来て、その流れに選手たちを乗せることへのスキルが上がっています。トラブルになって外れてしまう前に対処したいと思って、選手たちのコンディショニングをしています」
夏場の走り込みから秋のレースに向かって行く過程で、何年も見ている選手は過去の経験から、「どんなリスクがあるか把握できている」という。トレーナーの治療に対する選手の考え方、受け取り方もわかってくる。
「触った感じを伝えるのですが、数値化してほしいという選手もいます」。筋肉の張り方などを0から10の数値にして、選手が対応しやすいようにしている。
練習の流れを古門トレーナーも理解しているので、今の状態は「疲れが大きすぎる」と判断できることもある。だが体の状態を伝えても、走りの強度をどうするかは選手の判断に任せることがほとんどだ。
「ケガで休んでいた状態から本格的な練習に復帰するときは、トレーナーの判断を尊重してもらいます。しかしそれ以外の時は、選手がやりたいことを止めたりしません。情報は提供しますが、誰かに頼ってしか決められない選手になって欲しくない。判断を選手ができるようにしていかないといけないと思っています」
黒崎播磨を取材していると、トレーナー個人が神業的な手腕を発揮して選手が強くなることは、多くはないのだと感じられる。選手、スタッフ、トレーナーの三者がしっかりと連携することで結果が出る。連携の精度が上がれば24年シーズンも、黒崎播磨の快進撃が続く。

TEXT by 寺田 辰朗