個性派揃いの23年度ルーキーたち 第2回《前田義弘》

東洋大でキャプテンだった前田義弘は、今春黒崎播磨に入社した3選手のうち学生時代の実績は一番ある。ロードでは関東インカレ1部ハーフマラソン8位、箱根駅伝山登りの5区で区間5位。優勝や区間賞争いはできなかったが、学生トップレベルと言えた。だが前田自身は「学生時代はくすぶっていた」と謙虚に話す。黒崎播磨に進んだ理由は「入社後に伸びている選手が多い」こと。エース細谷恭平のように大学で基礎を学び、実業団で花開く成長パターンを目指す。

●「平均的な走り」だったが食育などの重要性を認識した学生時代

前田が自身の学生時代に納得できていないのは、志が高かったことの裏返しだろう。学生3大駅伝の出雲全日本大学選抜駅伝、全日本大学駅伝、箱根駅伝は、1年時の出雲を除いて全て出場した。区間4位など必ずヒト桁順位は取っていたが、区間3位以内がなかった。
「良くても悪くても、平均的な走りばかりでした」
だが黒崎播磨の澁谷明憲監督は、少し別の見方をしていた。
「大学3年の頃から注目していましたが、駅伝はしっかりと走っている印象でした。区間配置や重要区間への起用回数などを見ていれば、前田が信頼されていることがわかりました。実際の走りを見ても、ポテンシャルは間違いなく高い選手です」
トラックの記録が10000m28分57秒80と、その年の学生100位にも入らなかった。その理由は、「体が絞りきれていない、でき上がっていない状態」(澁谷監督)だったことが大きいが、競技に対する姿勢など基本的な部分は学生時代にできていた。
その1つがフィジカル面の重要さを認識し、食事をしっかりとる習慣を身につけたこと。「東洋大は食育に力を入れているチームでした。4年間、大きなケガがなく学生競技生活を送ることができたのは、その成果でした」(前田)
前田の特徴の1つに190cmと、長距離選手としては身長が著しく高いことが挙げられる。長身選手は走っている際に軸が崩れる、バランスが悪くなる、ということがよく言われている。
「キツい状態になったときにブレる幅が、身長が高いと大きくなり、制御するのが大変になります。大学1年の頃は集団で走っていて後れ始めると、体が言うことを聞いてくれなくなって、どうしようもなかったですね。しかしフィジカルトレーニングを積み、年々安定感が出てきました。筋力が上がり、キツい状態になっても後れず、頑張れるようになったんです」
だが澁谷監督も指摘したように、前田自身も「まだ完成形になっていない」と感じている。学生時代に納得できていないのは、成長の余地を感じていながら、突き詰めることができなかったからだろう。
そこを徹底的に行い、自身をさらに研いていく。黒崎播磨ならそこに取り組めると感じて入社した。

●駅伝ではチームの足りない部分を補える選手に

学生時代の前田は、実業団日本一を決めるニューイヤー駅伝をどう見ていたのだろうか。学生最大の大会である箱根駅伝の前日に行われる大会である。
「(試合の直前は)長く練習をするわけではないので元旦の練習後に毎年、テレビで見ていました。黒崎播磨は勢いのあるチーム。そう感じました。細谷さん、田村(友佑)さんの両エースを筆頭に、入社後に伸びている選手が多いことが魅力的でした」
前田は黒崎播磨に入社した理由も含め、こう話した。入社後は以下のような目標でやっていく。
「チームの足りない部分を補える選手になって、もっと上の順位をとるための戦力になりたいです。3区と4区以外の区間なら1年目から戦力になりたいですし、いずれは(ここ数年は田村友佑と細谷が走っている)3、4区も任せられる選手になりたいですね」
トラックのタイムがそれほどでもない前田だが、「向かい風も上りも得意です」と言い切るタフさがある。それがロードの強さを発揮できる一因だった。実はトラックの10000mでも、3年時に日本インカレ10000m10位の成績を残した。持ちタイムはいまひとつでも、勝負強さを持っている選手と言うことができそうだ。
黒崎播磨では、学生時代にできなかった身体作りも、完成形に近づけていく。澁谷監督は「ウチのチームで適正なトレーニングをすれば、筋肉が付くべきところには付き、絞るべきところは絞れてきます」と、ノビシロとして感じている。
専属の理学療法士や、トレーナーなど外部スタッフも充実している。何より、強化の方向性を澁谷監督がわかりやすく示す。前田も「澁谷監督はコミュニケーションをとりやすい指導者であることが大きいです」と言う。「自分の意見と監督の意見をすり合わせて、良い方向に持って行ける。それも黒崎播磨に入社した理由です」
前田が目指すのは駅伝で戦力になることだけではない。将来的には「国内外のマラソンで活躍できる選手になること」を大きな目標に掲げる。
「自分はもっと成長できると感じています。色々な方たちに支えていただいてここまで来ましたが、実業団の環境でやらせてもらえるなら、自分の可能性をさらに広げていきたいと思っているんです。実業団でも自分の可能性を信じて走って行きます」
前田は“このくらいで”と、自分の可能性を特定するような目標設定の仕方をしない。190cmの身長と同様に、考え方も大きい選手といえるだろう。 TEXT by 寺田 辰朗

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