個性派揃いの23年度ルーキーたち 第1回《福谷颯太》

黒崎播磨は昨シーズン(22年度)、チームとしてまた1つ上のステージに上がった。エースの細谷恭平はシカゴ・マラソンで6位と、世界トップランナーが集うワールドマラソンメジャーズの1つで入賞した。土井大輔も今年3月の大阪マラソンで2時間7分台で走り、細谷とともに10月開催のMGC(マラソン・グランドチャンピオンシップ。パリ五輪代表3枠のうち2人が決定)出場資格を得ている。駅伝では昨年11月の九州実業団駅伝で初優勝した。
その黒崎播磨に23年4月、3人の選手が加わった。前田義弘(東洋大出身)、福谷颯太(筑波大出身)、井手翔琉(関西学院大出身)と補強を積極的に行った。3人とも全国トップレベルの活躍はないが、澁谷明憲監督は「2~3年で十分戦力になる」と期待する。成長過程の異なる3人が、どんな特徴を生かして戦力になろうとしているのだろうか。

●非強豪校でも3年時に箱根駅伝出場

大学3年時の箱根駅伝予選会(距離はハーフマラソン)が、福谷颯太のターニングポイントになった。個人16位で、学生トップレベルの選手たちと肩を並べて走った。
「実業団で競技を続けたい、と考え始めたきっかけとなったレースでした」
箱根駅伝本戦には筑波大チームとしては出場できなかったが、関東学生連合チームとして山登りの5区に出場。参考記録扱いだが区間10位相当のタイムで走破した。
予選会の好走は、5月の関東インカレの失敗(1部10000mで26位)から学んだことも大きかった。
「夏合宿は自己満足の練習ではなく、予選会で通用するための練習をしよう、と考えました。関東インカレの悔しさと、大学2年間の蓄積が予選会のレースで発揮できた」
高校では都大会を突破することができなかった福谷だが、筑波大入学時に自身の4年間の計画を立てた。
「大学4年時に一番良い結果を出す。3年時には本格的に箱根駅伝を狙う。そのために1、2年時は、下積みの練習を積み上げる」
1年時は大学の、試合と練習の年間サイクル自体を理解することで精一杯だった。2年時は新型コロナ感染拡大で、夏まではほとんどの競技会が中止になった。「ストレスはたまりましたが、レース結果よりも力を蓄えることを重点的にできたと思います」。
1、2年時は目の前の練習1本1本にガムシャラに取り組んだが、疲労がたまっている状態が続いていた。3年時は体力レベルも上がり、練習に余裕を持てるようになった。
「前年と同じ練習をやっても、練習をやる意味が理解できてきました。力の入れ方と抜き方もわかってきて、試合に集中していけるようになったんです」
5000mの自己記録は3年時に約30秒も向上した。そして箱根駅伝予選会で好走し、10000mのタイムも約40秒上げられた。
4年時は10000mで5月の関東インカレ11位、9月の日本インカレも11位と、入賞に迫る走りを見せた。そして箱根駅伝予選会は15位。前年と1つしか順位は変わらなかったが、「前年よりも狙って取った順位」という自己評価もできた。箱根駅伝は前年に出場経験があるため関東学生連合チームには入れなかったが、区間上位に食い込む力は間違いなくあった。
学生トップとは言えないまでも、4年間で“計画通り”に、それに近いレベルに成長できた。黒崎播磨に入って以降で本当の結果を出す。

●1年目から駅伝メンバーに

福谷は5000mは高校・大学の7年間、10000mも大学4年間、毎年必ず自己記録を更新してきた。短期的にも長期的にも、「練習を計画的にやるタイプ」ということが、その要因としてある。
だがトラックでの記録更新は、「5000m、10000mに向けて練習して出した記録ではなく、ハーフマラソンに向けて練習した中でのタイムでした」と話す。箱根駅伝予選会の種目がハーフマラソンだったためだが、「練習したときの伸びがハーフの方が良かった」という手応えもあった。
「トラックはどこかで限界が来る。そういった感触がありますが、ハーフは限界まで追い込まなくても伸びています。そこから見えてくるのがマラソンです」
大学卒業時には、その気持ちを固めていた。
「マラソンと駅伝をやるなら黒崎播磨だと思って入社しました」
トラックの記録も今が限界と決めつけているわけではなく、「もっと伸ばしたい」と考えている。距離としてはマラソンよりもトラックに近いが、風や起伏などの影響を受けやすいロードを走る駅伝が、よりマラソンにつながる種目と福谷は考えている。
「向かい風と上りは比較的、好きな方です。細かい起伏があった方がリズムを作りやすいですし、違った刺激が入った方が走りやすい。それにコンディションが悪い方が、格上の選手と戦う上で自分に有利に働きます」
黒崎播磨の駅伝は、各選手の能力に応じて果たすべき役割の区間に配置する。もちろん競わせて区間を決めて行く部分もあるが、その区間で役割を果たすために選手を育成していく。国内トップレベルの選手を複数擁しているチームとは、そのあたりの事情が異なる。
あくまで現時点での話だが福谷は、ニューイヤー駅伝ならスピードが要求される1、3、4区ではなく、向かい風になる5、6、7区への出場に向けてやっていくのではないか(2区は外国人が出場するインターナショナル区間)。
「マラソンで日本代表になろうと思ったら、駅伝で1年目からメンバー入りできないとダメだと思っています」
福谷のことである。そこに向けて計画を練り、きっちりと練習を進めていくだろう。その過程で大学3年時の箱根駅伝予選会のように、大きなターニングポイントが目の前に現れるかもしれない。そのチャンスをものにする準備ができていれば、記録も一気に伸びる。
ただ、壁に当たって伸び悩むこともあるだろう。そのときは澁谷監督たちスタッフの持つ知識やノウハウを頼っていい。黒崎播磨チームの力も借りられることも、福谷なら計算に入れてやっていけるはずだ。 TEXT by 寺田 辰朗


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