黒崎播磨のアスリートたち 第3回《田村友佑》

田村友佑がトップレベルへの成長を見せたのは、昨秋以降の連戦においてであった。
昨年11月に10000mで27分48秒42とチーム最高記録を更新し、今夏の世界陸上オレゴン標準記録の27分28秒00まで20秒差まで力をつけた。ニューイヤー駅伝3区(13.6km)では区間新記録で11人抜き。スピード区間で力を発揮すると、2月には長めの距離でも力を発揮する。全日本実業団ハーフマラソン(21.0975km)で1時間00分38秒のチーム最高記録で3位と健闘した。
スピードアップしてきた田村の成長過程を紹介する。

●ニューイヤー駅伝3区で見せた驚異的なスピード

元旦のテレビ画面には、後方で追い上げを開始した田村の走りが何度か映し出された。10秒前に中継所を出た富士通、Honda、トヨタ自動車と、強豪3チームとの差を3kmでゼロにしていた。富士通は前年優勝チームで、トヨタ自動車は過去3回の優勝歴がある。そしてHondaは今年初優勝したチームである。
「序盤でしっかり追いつき、一緒に走る方が良いと判断しました」と田村。トヨタ自動車には終盤で引き離されてしまったが、富士通とHondaには4区への中継で先着した。
驚かされたのは最初の2kmを5分12秒で入ったこと。ラストスパートをして、最後の1kmを2分30秒台で走るケースはそれほど珍しくない。3区は追い風が強い区間ではあるが、11km以上を残した距離で、このスピードで突っ込むことがどうやったらできるのか。
田村は九州実業団駅伝(11月3日)の1区(12.9km)と、八王子ロングディスタンス(同27日)10000mが伏線だったという。
「九州の1区で相澤さん(相澤晃・旭化成・10000m日本記録保持者)に先行して、トップでタスキを渡せたことがまず自信になって、八王子で積極的な走りができました(27分48秒42)。八王子はペースの上げ下げがかなりあったので、安定したペースなら標準記録の27分28秒を狙える手応えを持つことができたんです。駅伝も、こうした走りができたら標準記録に近づける、とイメージできるようになりました」
田村のニューイヤー駅伝から22年シーズン前半に、世界陸上代表へ挑戦する走りが期待できた。

●黒崎播磨の特徴のタイムトライアル

黒崎播磨の練習は、全体的にいえばペース設定は速くない。だがここぞというタイミングで、タイムトライアル的なメニューを行っている。駅伝が近くなると10kmのタイムトライアルが、毎年同じ時期に行われる。今年のニューイヤー駅伝前に、田村は28分20秒と27分55秒で走ったという。
「いくつかコースがあるんですが、28分20秒は折り返しコースで、前半の5kmは13分52秒で入りました。(後半5kmは14分28秒だが)向かい風で、ラスト2kmは監督から『叩きすぎるな』という指示が出ていました」
練習で調子が上がりすぎて、試合にピークが合わないことも長距離種目にはよく起こる。それを避けるために澁谷明憲監督は、選手の走りを見ながらペースを抑えさせることがよくある。
「27分55秒は片道コースで、気持ち追い風でした。13分46秒で5kmを通過しましたが、細谷さんとジョエルも付いてきていましたし、何人かが13分52秒くらいで通過していたと思います」
10000mの自己記録に近いタイムで練習を行う。これも3区区間新を生んだ要因だ。
今の黒崎播磨は細谷恭平、土井大輔、田村が3本柱。細谷はスピードと持久力を兼ね備え、昨年の福岡国際マラソン2位(日本人トップ)、ニューイヤー駅伝4区区間賞など、マラソンと駅伝の長距離区間で活躍している。土井は持久力が武器の選手で、昨年のびわ湖マラソンを2時間08分13秒で走った。そして田村友佑がトラックと、駅伝のスピード区間で力を発揮している。
田村は「3人とも得意な部分が異なり、そこを盗むことができます」と、黒崎播磨のチーム状況を大いに活用している。

●22年シーズン前半の故障を成長の糧に

しかし田村は3月に故障して、世界陸上代表への挑戦は断念せざるを得なくなった。試合にも出場し始めていたが、本格復帰に向けてのステップという位置付けで、勝負をしに行ったレースはできていない。
ケガをしてしまった以上、次にすべきはその経験をプラスに変えることだ。
田村は高校を卒業して6年目。23歳でここまで記録を伸ばしたことに加え、兄(田村和希・住友電工。10000m27分28秒92=日本歴代4位)は日本選手権優勝経験があり、父親も実業団選手だった。田村も素質のある選手と見られているが、何でもすぐにできてしまう天才肌の選手ではない。
入社2年目(18年)に10000mの自己記録を1分以上縮めたが、3年目(19年)、4年目(20年)と同レベルの記録しか出せなかった。理由は練習のレベルを一段階上げたことにあった。練習が目一杯の状態になれば、試合での爆発力が小さくなる。だが21年には27分48秒42と大幅に記録を伸ばした。新しい取り組みに慣れるステップを、しっかりと踏んで成長しているのだ。
田村は、以前は日本選手権クロスカントリーで3年連続6位以内に入るなど、クロカンでも活躍していた。その理由は「クロカンのために坂の練習をしっかりやっていた」ことも一因だという。だが今年は10位と期待を下回った。その代わりではないが、全日本実業団ハーフマラソンで3位と快走している。今年はハーフマラソンに重点を置き、坂の練習が不足していた。
どんな大会、どんな距離でも天才的に対応できてしまうわけではなく、時間をかけて準備をして初めて走れるようになる。
今年のケガがハイレベルのスピードのレースが続き、負荷がかかり過ぎたことが原因なら、そのスピードに慣れるようにするしかない。そのためのノウハウは、黒崎播磨は持っているはずだ。
そしてケガをすることによるマイナスを、田村自身が非常に強く認識している。
「自分はニューイヤー駅伝で優勝したいと思っています。そのためには、チームのエースがケガをしてしまったら絶対にダメなんです。日本代表がケガをして国際大会に出られなくなるのと同じです」
この決意が田村をさらに、一段階上のレベルに成長させる。 TEXT by 寺田 辰朗

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